〜けいしょうでん〜 一部建築は元文五年(1740)以前に遡るといわれ、天明三年(1783)に「西遊記」著者の橘南谿、寛文四年(1792)に「筑紫日記」著者の高山彦九郎が旅の途中に滞在したと伝えられる。 西南戦争では薩軍人吉隊の宿舎となるなど歴史の大きな舞台となった建造物
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〜ちゃしつ〜 壁面のすべてが枡形文様や綾杉文様を施す網代編みがなされた独特な唐様の茶室。北西の柱には西南戦争の際に付けられた刀傷が残る
〜ふすまえ〜 月に雁、葦に鴨が描かれた四枚一組の襖絵は、大宮司家所有の頃より伝来するもので、右下には作者の銘と落款が捺されている
〜ふっこのま〜 寛文五年(1665)に奉納された御太刀をはじめ装束、位記や明治時代初期の辞令など大宮司家に伝来もしくは縁の資料を展示