二十四孝(にじゅうしこう)とは、中国の元の時代に郭巨業(かくきょぎょう)という人が、家庭教育、特に幼児教育のため、二十四話の親孝行物語をまとめたものといわれています。 日本には儒教の教えとともに5世紀初頭に流入され、これが鎌倉時代末から南北朝時代にかけ五山の禅僧たちによって一つの文学として取り入れられ、室町時代の中期以降は、御伽草子の一編に加えられます。
江戸時代の慶長年間(約400年前)に建てられた青井阿蘇神社一連の御社殿には、二十四話のうち六話が彫刻されています。当時建造された各地の御社殿に同様のものが多数見受けられることから当時の流行であったのか、またはこの御社殿を造営した相良20代藩主長毎(ながつね)は親との縁が薄かったといわれ、親孝行の物語を御社殿に取り入れ、人々に親孝行の大切さを示したかったのではないかともいわれています。
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